硬膜動静脈瘻

硬膜動静脈瘻は、シャントと呼ばれる異常な血管が脳周囲にできる疾患です。異常血管から脳に血流が逆流し始めると脳出血や脳梗塞をきたすことがあり、その血液の流れ方によってリスクが大きく異なります。また、非常に珍しい病気で、日本では、発生頻度が10万人当たり1年間に0.29人とされております。硬膜動静脈瘻の血管構造は非常に複雑であるため、専門医でもしばしば理解が困難です。また、希少疾患であり、治療経験を積むことも難しいため治療も困難な事が少なくありません。このページでは、硬膜動静脈瘻の病態と治療について解説させていただきます。患者さん毎に病状が異なりますので、あくまでも参考としていただき、実際の病状や治療法については医師に直接御質問下さい。

基礎説明

硬膜動静脈瘻は、どんな病気か?

硬膜動静脈瘻という病気の名前が病態(病気の状態)を表しています。
脳を覆っている膜の一つに“硬膜”というものがあります。この硬膜の血管:“動脈と静脈”の間に“瘻(穴、近道)”ができて異常な血の流れが生じるようになった病気です。

硬膜動静脈瘻で、どのような血液の流れが生じているのか説明します。

正常な血液の流れ

まずは、正常な血液の流れを説明します。

硬膜動静脈瘻 正常な血液の流れ
正常な血液の流れ

心臓から脳へ動脈を通って血液が送られ、脳から心臓へ静脈を通って血液が帰っていきます。
動脈では心臓から押し出された血液が勢い良く流れており、圧が高くなっています。
一方、静脈ではゆっくりと血液が心臓に帰っていき、圧が低くなっています。

硬膜動静脈瘻の血液の流れ:軽症の場合

硬膜動静脈瘻では、この動脈と静脈をつながる近道(瘻もしくはシャントと呼ばれます)ができます。
すると、脳へ流れるはずの血液が静脈にながれこみ、心臓へ戻っていきます。

硬膜動静脈瘻 軽症
硬膜動静脈瘻 軽症

軽症の硬膜動静脈瘻の場合、動脈からの血液が心臓へ戻っていくため、少し“空打ち”している状態となります。

硬膜動静脈瘻の血液の流れ:重症の場合

さらに病状が進行すると、心臓に戻る静脈が詰まってしまいます。そうなると、瘻を通った勢いの良い血液が心臓にもどれなくなるため、脳へ逆流をし始めます。うっ血状態となり上手く血が流れなくなるため脳梗塞になったり、脳の静脈の圧が高くなってしまうため脳出血にいたることがあります。

硬膜動静脈瘻 重症
硬膜動静脈瘻 重症

脳梗塞や脳出血を起こす前に治療する必要があります。

硬膜動静脈瘻があると、どんな症状がでるか?

耳鳴り、頭痛、ものが二重にみえる、眼球充血、眼球突出、認知症症状、けいれん発作などをきたします。
さらに病態が進むと、脳梗塞や脳出血をきたします。

脳出血、脳梗塞発症後の症状

脳出血、脳梗塞を起こすと以下のような症状が出現します。

  • 頭痛
  • 嘔気、嘔吐
  • 破壊された脳の部位の症状
    (手足の麻痺、言葉が話せない、意識障害など)
  • その他

破裂(出血)のリスク

硬膜動静脈瘻の出血のリスクについては、色々な報告がありますが、代表的なものを御紹介します。

破裂率(出血率)

  • 出血したことがないもの : 年間 1.5 % 程度
  • 出血したことがあるもの : 年間 7.4 % 程度
皮質静脈への逆流を伴うタイプ

出血のリスクが高いもの

  • 出血したことがあるもの
  • 症候性:症状があるもの
  • 脳皮質静脈への逆流を伴うタイプ
    年間死亡率が10.4%、重篤な有害事象の年間発生率が15%
    (皮質静脈への逆流を伴わないタイプは98.2%で症状の悪化なし)
  • 静脈拡張・静脈瘤の合併例
  • 男性

硬膜動静脈瘻は、どれくらい発生するか?

硬膜動静脈瘻は、希な疾患とされており、発生頻度は、10万人あたり、約0.3人/年となります

  

治療法

硬膜動静脈瘻の治療

  • 血管内治療
    プラチナコイルもしくは液体塞栓物質(Onyx、NBCA)にて瘻の付近を閉塞させます。
  • 手術
    開頭術にて一部の硬膜動静脈瘻に有効とされ、瘻の付近を離断します。
  • 放射線治療
    ガンマナイフ、サイバーナイフなど

血管内治療

血管内治療では、カテーテルを病変に誘導し瘻を塞ぐ治療を行います。カテーテルを誘導する経路として、動脈、静脈のいずれかを選択することが一般的です。

経静脈的塞栓術

静脈側からカテーテルを挿入し、
瘻を閉塞させます。
主にプラチナコイルを使用します。

経静脈的塞栓術
経動脈的塞栓術

動脈側からカテーテルを挿入し、瘻を閉塞させます。主に液体塞栓物質(Onyx、NBCA)を使用します。経静脈的塞栓術が困難な場合に用いられることが多くなります。

経動脈的塞栓術

手術

手術(開頭術)では、頭蓋骨を開けて瘻にアプローチします。そして、瘻となっている血管を離断します。

  • 硬膜動静脈瘻離断術
    瘻孔出口部分の静脈を離断します。
    有効な手段ですが、対象となる部位が限られています。
    テント部、前頭蓋窩、脊髄、頚頭蓋移行部など

放射線治療

  • 定位的放射線療法
    ガンマナイフ、サイバーナイフなどを用います。
    放射線を集中的にシャント部位に照射して、病変を退縮させます。
    効果発現までに数年必要となることが一般的です。
    基本的に、第一選択となることは少なく、血管内治療や手術にて治癒出来なかったときに行います。

治療の選択

治療方法には、①血管内治療(カテーテル治療)、②手術、③放射線治療があり、病変の部位、患者さんの全身状態、血管の構造など色々な要素を複合的に検討し、治療方針を決定します。

一般的には、以下の様に考えられることが多くなります。

  • 血管内治療もしくは手術のうち、安全性と確実性が高いと考えられるものを選択
    →部位、全身状態などで検討
  • 血管内治療や手術にて効果不十分である場合、放射線治療を検討

  

硬膜動静脈瘻の治療は難しい

硬膜動静脈瘻には治療が困難なものが少なくありません。脳動脈瘤や頚動脈狭窄症など他の血管内治療に比べて難易度が高い傾向にあります。どうして難易度が高いのでしょうか?

難易度が高くなる理由

  • 経験数:症例数が少ないため、治療医の経験数が少ないことが多い。
  • 訓練の機会:治療医が、硬膜動静脈瘻に精通した術者の元で訓練を受けていないことがある。精通した術者が少ないため。
  • 治療そのものの難易度:OnyxやNBCAなどの液体塞栓物質は、取り扱いが難しく、純粋に治療の難易度が高い。
  • 治療方針の選択:治療方針が複数あり、適切な方針を選ぶ事が難しい
  • 血管解剖:硬膜動静脈瘻では、瘻のため血管が複雑化するため、血管解剖に精通している必要がある

上記の理由のため、硬膜動静脈瘻の治療は難解で、ある意味、”特殊技能の一つ”と言っても良いかもしれません。そのため、血管内治療や手術の経験数が多い治療医でも、硬膜動静脈瘻の治療件数が少なかったり、精通した術者の元での訓練を受けていないことがあります。

   

自身の治療法

わたくし自身は、寺田友昭先生とRene Chapot先生に師事し、血管内治療の修練を積むことが出来ました。その後、昭和大学医学部脳神経外科にて血管内治療のリーダーとして血管内治療チームを率いて治療して参りました。これらの経験を元に、下記のような独自の治療を行っております。

①マルチプルカテーテルテクニック

通常の血管内治療、特に経動脈的塞栓術では、1本ずつカテーテルを誘導し、1本ずつ血管を詰めていくことが一般的です。わたくしは、複数のカテーテルを複数の血管に誘導し、一期的に詰めるようにしております。これを、マルチプルカテーテルテクニックと読んでいます。複数(マルチプル)のカテーテルから同時に詰める事からこのような名前を付けました。

複数のカテーテルを一度に誘導し、液体塞栓物質(Onyx)の注入の程度に応じて交互に注入します。
動脈側のみに複数のカテーテルを挿入する場合、静脈側のみの場合、動脈と静脈両方に挿入する場合がある。

通常は、複数の血管から塞栓する場合、1本ずつ詰めていき、最後に最も条件のよい血管(通称:勝負血管)から治療を行います。しかし、最後の治療する血管での一発勝負となるため、上手く塞栓物質が注入できなかった場合、打つ手が無くなったり、無理して注入する必要が出てしまいます。

それにくらべ、複数の注入血管から交互に一期的に注入を行う場合、1番目の勝負血管からうまく注入できなくても、残された2番目の血管から注入できます。また、2番目の血管から注入しているうちに、1番目の注入血管の状況がよくなって、好条件にて再注入することができます。

複数のカテーテルから注入する場合の欠点は?

まず、同時にカテーテルを誘導することが難しい。1本のカテーテルを誘導するだけであれば、誘導しやすくするために、支えとなる中間のカテーテルが使用出来ます。しかし、複数のカテーテルを同時に誘導するためには、支えとなる中間のカテーテル無しで誘導する必要があります。そのため、複数のカテーテルを同時に誘導ためには技術を要します。また、1本からの注入に比べて、戦略の立て方や注入中の判断がむずかしくなります。

②動脈と静脈の同時アプローチ

血管内治療では、下記の治療選択のいずれかが選択される事が一般的です。

  1. 静脈側のみから塞栓
  2. 動脈側のみから塞栓
  3. 動脈側から塞栓し、血流をコントロールした後に静脈側から塞栓

わたくしは、可能であれば動脈側から塞栓の準備をしながら静脈側からのアプローチを行うという方法を多く選択します。通常、血流が豊富な硬膜動静脈瘻では、動脈側を詰めて血流を減らしてから静脈側を詰めます。難易度を下げて勝負血管である静脈を詰める事になります。しかし、静脈を詰めるときに、どうしても詰められない部分が出来る事があります。また、新たな血の流れが生まれてくることがあります。これらの場合、動脈側を先に詰めてしまっていると、次の手が打てなくなります。動脈と静脈を同時にカテーテルを挿入し、いつでもどちらからでも詰められる状況にしておく事により、この新たな血の流れが生まれたり、片方の方法では詰められない部分の出現に対応することが可能となります。

③手術との併用

血管内治療が望ましい場合でも、カテーテルの誘導が困難なことがあります。その際に、小さな開頭での手術を併用し、瘻もしくは周囲の血管に直接カテーテルを挿入することを行います。これにより、手術、血管内治療いずれの治療でも困難な病変に対応することができます。大部分の病変では、いずれかの治療で治癒が得られますが、この方法が必要となることが希にあります。